金沢地方裁判所 昭和53年(ワ)230号 判決 1980年8月22日
原告 白井辰也 外二名
被告 石川県教職員組合金沢支部
主文
一 原告らの被告に対する昭和五三年八月分ないし同年一〇月分の被告の組合員たる地位に基づく組合費及び諸費の支払義務の存在しないことを確認する。
二 被告は、原告白井辰也に対し金五万一五九二円、同松本雄次に対し金五万二二九三円、同中川正久に対し金四万八二六一円及び右各金員に対する昭和五三年九月一九日以降支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
三 訴訟費用は被告の負担とする。
四 この判決第二項は仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 主文第一ないし第三項と同旨
2 右第二項につき仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 被告は、金沢市立小・中学校に勤務する教育職員等が、その労働条件の改善等を図ることを目的として組織する地方公務員法にいうところの職員団体である。
2 原告らはいずれも被告の組合員であつたものであるが、原告白井及び同松本は昭和五二年一二月九日到達の書面で、原告中川は同月一四日到達の書面で、それぞれ被告に対し、同月三一日限り被告を脱退する旨の意思表示をした。
3 しかるに被告は、原告らの右脱退の効力を争い、原告らが被告組合員であることに基づいて、
(一) 昭和五三年一月一日から同年七月三一日までの間に、被告組合費及び諸費の名目で、原告ら各自が石川県から支給された給料の一部を原告らに代理して受領する方法により、原告白井から合計金五万一五九二円を、原告松本から合計金五万二二九三円を、原告中川から合計金四万八二六一円を各徴収し、
(二) さらに原告らに対し、同年八月分ないし一〇月分の右組合費等の支払義務があると主張している。
4 原告らは、昭和五三年九月一八日送達の本件準備書面をもつて、被告に対し3(一)記載の各金員の返還を請求した。
5 よつて、原告らは、被告に対し、
(一) 原告らの被告に対する昭和五三年八月分ないし同年一〇月分の被告の組合員たる地位に基づく組合費及び諸費の支払義務の存在しないことの確認
(二) 原告白井に対し金五万一五九二円、原告松本に対し金五万二二九三円、原告中川に対し金四万八二六一円の各不当利得金及び右各金員に対する請求の日の翌日である昭和五三年九月一九日以降支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払
を求める。
二 請求原因に対する認否
請求原因事実はすべて認める。
なお、被告は、昭和五三年一〇月三一日原告らを除名した。
三 抗弁
1 被告の組合規約第三二条には、「組合員が組合を脱退しようとする時は、理由書を添えて執行委員長に届け出て、支部委員会又は支部闘争委員会の議決を要する。」旨規定されている(以下本件規約という。)。
2 本件規約は、被告が憲法二八条に基づく団体であることから、第三者による介入その他の組合破壊工作を防ぐ必要が特に大であることに鑑み、当該脱退の意思表示が本人の自由意思に基づくものか否か、組合破壊工作の手段又は結果としてなされたものであるか否かを確認するなどし、もつて組織防衛のために調査を充分尽くすために設けられたものである。従つて、本件規約は、地方公務員法五二条三項によつて認められるところの組合員の組合脱退の自由を否定する趣旨のものではないから、これを無効とすべきいわれはない。
3 そして、被告から脱退するための具体的手続は、本件規約の趣旨に則り、現に次の(一)ないし(四)記載のとおり行なわれており、右手続を履践する限り、組合員はいつでも自由に被告から脱退できるのであるから、本件規約の運用によつて、被告組合員が地方公務員法五二条三項の解釈上いわれる脱退の自由が実質上阻害されるということもない。
(一) 組合員は、理由書を添付して執行委員長に脱退する旨を届け出る。
(二) 届出を受けた執行委員長は、脱退申出組合員の所属する分会へその旨を通知し、右分会執行部において、当該脱退の申出が組合つぶしその他の不正目的をもつてなされたものか否かを調査するため、申出組合員より事情を聴取し、その際、脱退申出撤回の可能性ありと判断したときは説得を行なう。
(三) 右手続により申出組合員の脱退意思が確認されたときは、分会執行部はその旨を支部委員長に報告し、支部委員長は右脱退の件を支部委員会又は支部闘争委員会に提案する。
(四) 支部委員会又は支部闘争委員会はこれを審議し、必要に応じて再度の事情聴取及び説得を行い、不正目的がなく本人の意思が明確であることを確認したうえ、脱退を認める旨の議決をする。
4 しかるに、原告らは、脱退の申出に際し、本件規約所定の理由書の提出をしないのみならず、分会における事情聴取や説得をも拒否しているため、同規約の定める議決をなしえないままとなつているのであつて、右各脱退申出は、同規約の要件を充足しない無効のものというべきである。
四 抗弁に対する認否と主張
抗弁1の事実及び原告らの脱退につき本件規約所定の議決を経ていないことは認めるが、その余の主張は争う。
本来組合員には組合脱退の自由が保障されている。すなわち、憲法二八条は勤労者の団結権を保障しているが、右団結権ないし団結の自由の保障は、その反面として、自己の欲せざる組合から脱退する自由を、当然にその内容として包含するものである。また、地方公務員法五二条三項は、「職員は、職員団体を結成し、若しくは結成せず、又はこれに加入し、若しくは加入しないことができる。」と規定しているが、右規定は、職員が職員団体から脱退する自由をも保障していると解すべきである。
そして、本件規約は、脱退理由書の提出を義務づけ脱退理由を審査する点において、脱退の自由を内容的に制約し、支部委員会又は支部闘争委員会の議決を脱退の効力発生要件とする点において、多数者により少数者の脱退の自由を奪うものであつて無効である。
第三証拠<省略>
理由
一 請求原因事実は当事者間に争いがない。
二 そこで、抗弁について検討する。
1 本件規約が存在すること及び原告らの脱退につき同規約所定の議決を経ていないことは当事者間に争いがない。
2 まず本件規約の効力について考える。
そもそも、職員団体は、その意思や行動が多数決原理によつて決せられる存続期間の定めのない社団であり、すべての構成員に対し制裁権を含む統制力を有しているのであつて、構成員の個人としての自由を強度に拘束しているものというべきである。このような職員団体の性格に照らして考えれば、構成員は脱退の自由を有するものと解すべきであり脱退の自由そのものに対し制約を加えることは、たとえ職員団体の規約によるも公序良俗に反し許されず、そのような規約は無効のものといわなければならない。
ところで、
(一) 本件規約中の「支部委員会又は支部闘争委員会の議決を要する」との部分が、当該議決をもつて脱退の必要条件となすことを定めているものであることは文理上明らかであり、証人岩木一良及び同池田清次の各証言並びに弁論の全趣旨によれば、右規定の制定の趣旨及びその実際上の運用はほぼ被告の主張のとおりであることが認められ、右認定に反する証左はないところである。
してみれば、脱退の効力は、脱退申出人以外の意思決定にゆだねられるものというべく、右規定部分は、脱退の自由そのものを制約する無効のものといわなければならない。
(二) 本件規約は、さらに、脱退につき理由書の提出をなすべきことを定めている。しかし、脱退が自由であるというからには、もともと脱退の理由のいかんやその有無を問うべき筋合のものではないのであるから、脱退につき理由書を提出せしめることは合理的根拠があるものとはいえないのみならず、かえつて、これにより脱退の自由を制約することとなるものというべく、右規約部分は、理由書の提出を脱退の効力発生要件としている限り、無効のものといわなければならない。
なお、成立に争いのない乙第一、二号証の各一ないし三、第三号証、第四号証の一ないし三、第五号証、第六号証の一ないし三、第七、八号証、証人岩木一良、同池田清次の各証言ならびに弁論の全趣旨によると、以下(1)ないし(4)の事実が認められ、右認定をくつがえすに足りる証拠はない。
(1) 原告らは、前記脱退の意思表示をするに際して、被告執行委員長に対し、被告の闘争が自分の生き方、主張ならびに教職員の使命感の上から容認することができないので脱退する旨の理由書を提出した。
(2) これに対し、被告執行委員長は、以後の手続を進めることなく右脱退の意思表示を撤回させることを企図し、原告らの所属する各分会に対し、原告らの事情聴取と説得を求めるとともに、さらに説得の機会を持つべく、原告らに対し、本件規約にいう理由書とは支部委員会又は支部闘争委員会で審議するに足りる具体的かつ詳細なものでなければならず、原告ら提出の理由書はその要件を満たしていないとして、より具体的かつ詳細な理由書を提出するか、又は執行委員会に出頭して、口頭で理由を開示するように求めた。
(3) 原告らは、理由書の提出を規定する本件規約は無効であるし、また理由書としては脱退届に添付したもので十分であるとして、右再度の理由書の提出等を拒否していたが、昭和五三年三月一二日、やむをえず再度の理由書を提出し、次のとおり理由を記載した。
(イ) 子供達に多大な影響を与え、父母県民の不信感をつのらせるストライキを含む諸闘争に賛同できない。
(ロ) 正式な加入届を提出していないし、被告は地方公務員法による職員団体であるから、加入脱退の自由がある。
(ハ) イデオロギーに偏したスケジユール闘争は容認できない。
(ニ) 個人の自由な考え方が基本であつて、それを縛るような機関決定に従えない。
(4) 被告執行委員長は、右再度の理由書に対しても、その内容はなお納得できず不備であるとして、原告らの脱退の議案を昭和五三年一〇月三一日まで支部委員会、支部闘争委員会に提出せず、かえつて被告は、右同日原告らを除名処分にした。
右事実によると、原告らは本件規約所定の理由書を現に提出しているものというべきであるのに、被告は、その内容に藉口し、所定の理由書の提出がないものとして処理しようとしているものであつて、かくては、脱退の自由は現実に阻害されるものというべく、かかる運用の実態をも合わせ考えると、本件規約の前記部分の効力を肯認することはなおさらできないものといわなければならない。
(三) なお、被告は、本件規約は組織防衛のための規定であるから有効である旨主張するが、組織防衛の目的をもつてしても、組合員の基本的な権利である脱退の自由を一般的に制約することは許されず、右主張はそれ自体失当である。
3 してみれば、原告らの脱退が本件規約の要件を充足していないことを根拠とする被告の抗弁は理由がないことに帰する。
三 以上の検討によれば、原告らの本訴請求はいずれも理由があるのでこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 伊藤邦晴 佐藤久夫 瀧澤泉)